PONTAkun’s blog

自分の生きてきた経験や思いを素直に書いてます

激辛インスタントラーメン

おはようございます!!


今回は昨日のお昼ご飯に食べたインスタントラーメンの話をします。


食べたのはこのラーメン。


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食べた感想から言うと、今まで食べたインスタントラーメンで一番辛かったです。


パッケージは何て書いてるかはわかりませんが、鳥が火を吹いてる絵柄からして「激辛ラーメン」みたいなことを書いてるんだと思います。


このラーメンは自宅の近くにある韓国のものを取り扱っている店で買いました。


僕は日本人でありながら韓国人に負けないくらいキムチが大好きで、そのお店でよくキムチを買っているのですが、インスタントラーメンを買うのは今回が初めてでした。




今までインスタントラーメンもいろいろを食べましたが、ここまで辛いインスタントラーメは初めてでした。


スープは真っ赤で、麺をすすると舌が痛い。




韓国の人ってこんな辛いのを普通に食べれるのか・・・。




このインスタントラーメンの味を例えると、ペヤングの激辛をそのままラーメンにした感じです。


なんとなく伝わりますかかね?(笑)




汗だくになりつつも辛うじて完食。


正直なところ、美味しさを楽しむ余裕はありませんでした。


完食した僕の顔を奥さんが見て「あんた唇が腫れてるよ!!」と笑いながら言ってきました。


気付かなかったのですが、辛すぎて僕の唇は腫れていたそうです。




そして今回このラーメンを食べて、辛いものを完食するのにやってはいけないことを学んだ気がします。


かなりしょうもない話になりますが、それは何かと言いますと辛いものを食べている途中に水を飲まないことです。


いやいや、辛いんだから水を飲むだろって思われるかもしれませんが、辛いものを食べている途中に水を飲んで、また辛いものを食べると辛味が倍増して襲ってくる感覚があります。


つまり辛くても水を飲まず、一気に食べきった方が完食しやすいと個人的に感じました。


良かったら試して下さい。



何書いてんだオレ(笑)



好きだった話

おはようございます!!


今回は昔読んだ漫画で好きだった話を紹介します。


で、その漫画のタイトルが全く思い出せません。


もうかなり昔に連載していた漫画で、僕が小学校6年生くらいのときに見ましたが、、毎回話が短編で終わって読みやすかったです。


そのときの話の一つで凄く好きな話がありました。


昔だから記憶が曖昧な部分はあるけど、大筋は合っていると思うので、良かったら読んでみて下さい(笑)


では、どうぞ!!





とある資産家の大きな家に目が生まれつき見えず、歩くこともできない車椅子に座った青年がいました。


その青年の目と足はどんな医者にも治すことが出来ず、生きてきてからそれまで治ることはありませんでした。


それでもその青年はいつか目が見えるようになり、自分の足で歩くことを夢見ていました。




その青年にはフィアンセがおり、顔がとても綺麗な女性でした。


ただ、フィアンセがその青年に近づいてきたのは、青年が好きではなくその家の莫大な資産が目的でした。


それがバレない様に好意を持ったフリをしていつも側にいるフィアンセ。


いつか結婚することを考えていました。





また、もう一人青年の側には女性がいました。


身の回りを常にお世話するメイドさんです。


このメイドさんは生まれつき顔がすごく醜かったのです。


それが原因で学校でいじめられて、学校を辞めてからずっとこの家にメイドとして雇ってもらっていました。


ちなみに漫画ではメイドの醜い顔は描かれておらず、メイドの後ろ姿ばかりが描かれていました。




顔は綺麗でも心の汚いフィアンセ、顔は醜くても心の綺麗なメイド、二人は対照的でした。


そして、フィアンセは陰でいつもメイドに酷い言葉を浴びせてイジメていたのです。





そんなあるとき、その家に一人の女性が訪ねてきました。


(漫画ではこの女性が主人公で、魔女のような力を持っています。)


その女性、突然訪ねてきたかと思えば自分には不思議な力があると言い、その青年の目と足を治せると言うのです。


当然その言葉を誰も信じるものはおらず、胡散臭いから追い返そうと思いました。


しかし、その家で飼われている弱った老犬をその女性が触った瞬間、老犬が元気に走り回りました。


その場にいた皆が驚き、ひょっとすると青年の目と足は治してもらえるかもしれないと思い、半信半疑ではあるものの青年の目と足を治療してもらうことにしました。


その女性が青年の目と足を触り、「あなたの目と足は一週間後に治るわ。その目には真実が見えるから」と意味深なことを言いその場を去りました。


老犬のことは驚いたとはいえ、その青年の目と足が治るとは誰も信じてはいませんでした。


その日の晩、青年はメイドさんへ「夜風を浴びたいから外に連れて行ってほしい」とお願いしました。


フィアンセは帰ったためいません。


メイドさんは青年の乗った車椅子をおしながら家の外へ出ました。


青年「もうすぐ目が見えるようになるんだね。」


メイドさん「はい。フィアンセである〇〇さんの顔が見るのは楽しみですね。」


青年「僕は〇〇さんの顔でなくキミの顔が見たいんだ。」


メイドさん「え?」


青年「僕は〇〇さんではなく、キミのことが好きなんだ。〇〇さんは財産目当てで僕の側にいるだけだよ。親同士の関係もあってなかなか切れない関係だけど、僕はずっと支えてくれたキミの顔が一番見たいんだ。」


メイドさんはこの言葉はすごく嬉しかったものの複雑でした。


何故なら自分の顔はすごく醜いから。


素直には喜べなかったのです。





そして一週間後。


青年は本当に車椅子から立ち上がり歩くことが出来ました。


皆驚きました。


あの女性が言った通りになったのです。


そして青年はそっと目を開けると、目の前には自分の部屋の景色が広がっていました。


青年は目が見える喜びから辺りを見回していました。


フィアンセ「目が見えるようになったのね!


話しかけてきたフィアンセ。


青年はそのフィアンセの顔を見ると、なんとそこに立っていたのはヘビの顔した女性が立っていました。


今まで話してきたフィアンセの顔が妖怪のようで、言葉も発することが出来ず怯える青年。


あきらかに青年の様子がおかしいと感じたフィアンセ。


フィアンセ「どうしたの?」




青年は恐怖のあまり「うわぁぁぁ!」とそこから逃げ出しました。


そして慌ててメイドさんを探したのです。


家中を探し回る青年、すると遂にずっと好きだったメイドさんの後ろ姿を見つけました。


大きな声で名前を読んでメイドさんを呼び止めようとしました。


メイドさんは自分の足で向かってくる青年を見て、目と足が治ったのだと分かり自分の顔を隠しながら慌てて部屋に隠れようとしました。


しかし、青年にすぐ追いつかれてしまったのです


メイドさんは自分の醜い顔を見られる悲しさから、泣きながら手で自分の顔を必死に隠していました。


しかし、青年はその手をそっと顔から離したのです。





そして、遂に青年はメイドさんの顔を始めて見たのです。


青年はメイドさんの顔を見ると優しくと笑い、「やっぱりキミは僕の思った通りの人だね。」と言いました。


青年の目にはそのメイドさんの顔が美女に写っていたのです。




こうなった理由は青年の目と足を治した女性にありました。


青年の目は見えるようになったものの、人の肉体的な顔でなく、人の心の顔が写ってしまうようになっていたのです。


女性が言った「その目には真実が見える」とはそういう意味だったのですね。


だから、青年の目にはフィアンセの顔が妖怪に写り、メイドの顔は美人に写ったということでした。


そして、その後青年とメイドは結婚して幸せに暮らしたという話でした。






以上です。




僕の感動は伝わりましたかね?(笑)


漫画で見ると泣けてくるんですが、文章にすると難しいですね。


この話の何が好きかって、イジメられていたメイドさんが最後に報われたってところです。


ずっと辛い思いをしたメイドさん、幸せになれて良かったなと漫画ながらに思いました。




ちなみにこの話の最後に作者が読者へ投げかけるような言葉を書かれていました。


「この目を持った青年は本当に幸せなんでしょうか」みたいなことが書かれていました。


たぶん青年は周りの人とは違う見方をしているから、捉え方によっては不幸かもしれないと言いたかったんだと思います。


しかし、僕個人の意見からすると青年は幸せだと思いました。


普通に目が見えたとしても、フィアンセの顔は綺麗で性格は悪く、メイドさんの顔は醜いけど性格は綺麗と、両極端になってしまうからです。


だったら青年にとってどっちが幸せだったかは言うまでもないと思います。


青年が死ぬまでメイドさんが美人に見えるのならお互いに幸せじゃないですか。


生まれてきた子供の顔がどうだとか細かい話はおいといて。




だけどもし、現実に青年の様な目を持った人間がいたとしたら、この世の中には綺麗な顔をした人は何人いるんでしょうね。


考えると恐ろしいです。


僕を含め醜い妖怪ばかりかもしれません。



こんばんわ!!

今日もいつもの訳のわからない質問から入りますよ(笑)

皆さんは情に流されやすいですか?

「情けは人の為ならず」なんて言いますが、実際のところはどうなんでしょうね。

時と場合によると思うのですが、僕は嫌いな人間でも見てられないときは手を貸したりもするし、逆に助けられたこともあります。

普段は嫌い人で「痛い目にみろ」って思っていても、いざ困り果てた姿を見ているとそこに情が働いてしまい、動いてしまったことは何回もあります。

周りからは「お前甘いな」と言われますが、まあその通り甘いと思います。

しかし、自分も助けられることがあるんだからそこはお互い様ですね。



ただ、真剣勝負の世界において情に流されていけないのは鉄則で、ビジネスもスポーツもそこに情け容赦はありません。

例えるとすれば、いつものごとくボクシングで、相手にパンチが当たって痛そうな顔をしたら手加減するかと言われたら、むしろチャンスと見ておもいっきり連打を打ち込むと思います。

ボクサーのみならず格闘家なら当然のことです。

もし、そこで情が出て連打を緩めたら、今度は相手がそこをチャンスと見て襲いかかってきます。

やるかやられるかの世界になれば、情は敗北の要因にしかならないのかもしれません。

もちろん相手が初心者などで実力差がある場合は手加減しないといけません。

あくまで真剣勝負の話です。




日常生活においても情を捨てなければいけない場面は少なからずあると思います。

例えば、新人の若い営業マンが飛び込み営業で自宅に来たとします。

その新人営業マンが汗だくで一生懸命何かを売ってきたとしたら、買うか買わないかは別として情は動いてしまいます。

ここで断れる人はしっかりしているなと思いますが、僕のように情に脆い人間は少額のモノ(二千円くらいまで)なら買ってしまうかもしれません(笑)

もちろんモノが欲しい訳でなく、「自分より若い子がこんなに頑張ってるんだ。一生懸命やってるんだし買ってやるか!」みたいな気持ちです。

過去にこれに近い形で購入したことは何回もあります。

もちろん少額のもの限定にはなりますが、周りの人間には「お前バカやろ?」って言われました。

まあ僕は実際バカなんで否定はしません。




しかし皆さまご存知の通り、この情につけ込む悪い人間も中にはいます。

ある新聞の営業マンが自宅を訪ねてきたときの話です。

家のドアを開けると、見た目30歳くらいでアゴ髭をはやして剃り込みを入れた強面の男性が立っていました。


ここから久々にセリフのやりとりを書きます。



営業マン「すいません。新聞どうですか?ここだけの話、今ならお米と商品券つけますよ!」

僕「いや、ウチは新聞を読まないんで。すいませんね。」

営業マン「お願いしますよー!ほんとお願いします!!」

手を合わせて頭をペコペコしてきました。

僕「いやいや、お気持ち分かるんですけど新聞は読まないんで。」

営業マン「読まなくてもいいんで、とるだけとって下さいよー」

僕「いやいやそれは(笑)」

営業マン「僕の奥さんもうすぐ子供が生まれるからお金がいるんですよ!!この通り!!」

申し訳ないけど人相から見て、絶対嘘だと思いました。

例え本当だったとしてもこの人に情は動かなかったと思います。

やはり人間は素直そうな人や頑張ってる人に情は動いても、素行の悪そうな人に情は動かないものです。


僕「そうですか。それは大変ですね。でも新聞は読まないんで。ごめんなさいね。」

そう言って僕は家のドアを閉めました。

するとドアの向こうから「チッ!クソが!」と舌打ちして文句を言ってる声が聞こえました。

こんな人間から新聞の契約をしなくて良かったと心から思いましたし、情に流される相手も選ぶべきだと感じました。



とは言え、情で動いて過去に失敗したことも何回かあります。

困ってるからという思いで動いた結果、助けて人に裏切られた。

その度にもう絶対に情で流されないと心に誓うのですが、時が経つとまた同じ失敗しています。

我ながらバカだなと思います。

もちろんいくら昔からの友人でも連帯保証人になってくれとか、ネズミ講に入ってくれと言われても入りません。

情に流されるのにも事の大きさは関係しますし、情に流されて自分もろとも終わってしまうような頼み事は聞けません。

実際に僕の知っている人は、友達に頼まれ連帯保証人になってしまい、その友達は消えました。

その人が借金を背負う羽目になったのです。

どう言う経緯で頼まれたのかは知りませんが、友達に連帯保証人になってくれと頼む時点でその友達は終わっていますし、僕なら頼んできた段階で二度と会うことはありません。

それは単純に自分をお金のために利用しようとしているからです。

「信頼しているからお前に頼む」って言われても、だったら「信頼を失うようなこと頼むなよ」と言い返してやります。


最後に、過去の失敗をいろいろ振り返り考えた結果、情に流されてはいけない相手の注意点を自分なりにまとめました。

1、約束が守れない人間

小さな約束事すら守れないダラシのない人間の情に流されるのは良くないかもしれません。

そういう人間に情を出すと、借りを返すどころか甘えてきて次も次もとなるからです。

この人なら許してくれるとキリがありませんし、自分だけがしんどい思いをします。



2、打算的要素の強い人間

僕の経験上の賢い人や鋭い人は情の脆さを利用してきます。

困ってるフリをして情に訴えかけてきたり、仕事を振ってきたりします。

「コイツは困ってる演技をするとすぐ情に流される」と見抜いて、そこにつけ込んでくるのです。

実際に仕事であった話です。

ある日の出来事。

A氏「奥さんが体調悪いから早く帰らないといけないんやけども、誰かコレ梱包してほしいんだけどな。けど、誰も頼める人にいないしな。」

困った顔をするA氏。

僕「え!奥さん大変なの?早く帰ってやれよ。俺やっとくわ!」

A氏「ほんまに?いいんか?ありがとうな!」

そいつは急いで帰りました。

そして、翌日。

ある人からA氏は会社仲間と一緒に飲みに行ってたと聞きました。

かなりショックでした。

自分が良かれと思ってやったことが利用されていたからです。

しかし騙された自分も悪いし、何よりそいつに自分の性格を見抜かれていたのがいけない。

僕はその話を知らないフリしてA氏に「奥さん大丈夫だったか?」と聞きました。

すると困った顔をして「いや、ちょっと大変やったわ。けど、お前が早く帰らしてくれたお陰で体調もマシになったわ。ありがとうな。」と言っていました。

嘘バレてるって。

そして金曜日の夕方、またA氏が「今日も奥さん体調悪いらしいんだよな。梱包どうしようかな。」

金曜日の晩なんてどうせ飲みに行くんだろと思い、「そうか。それは大変だな!じゃあ俺帰るわ!」と先に帰ってやりました。

そしてそいつは「アレ?」って顔をしていました。

その後も何回か同じようなことを言ってきましたが、スルーし続けると無駄だと思ったのか演技することは無くなりました。

こういった情を利用しようとする人間には決して流してはいけませんよね。



3、情を流しても失敗してもダメージが少ない範囲にする

人ではありませんが、情を流して万が一自分も大ダメージを食らうのなら、きっぱり断るべきだと感じました。

あまりにも危険な頼み事なら、大親友でも関わらない。

そこは情を捨てアッサリ切るべきだと思いました。

情を流してもいいのは自分に大したダメージが少ないことを確認してからですね。




以上です。


長くなりましたがいかがでしたか。

非情になればいちいち考えることはありませんが、人間には感情がありますのでそんな簡単なことではないと思っています。

だから誰しも一度は情で失敗したことはあるはずです。

感動する人間ドラマの中には主人公が情に流されるシーンがあったりします。

だから時として情に流されることも大事なことでもあると思うのです。

助けられた人間の中にはそれをちゃんと返そうとする人もいるからです。

しかし、一歩間違えると火傷するから怖い。

この見極めって難しいですね。

間合い

おはようございます!!


今回のテーマは「間合い」。





ここ最近の僕のブログって訳わかんなくないですか?(笑)


自分の思うことを素直に書くとこんなことばかり書いてるんだから、我ながら変わってるよなって思います。


まあ。今更何言ってんだよって思いますが。





ところで皆さんは「間合い」って言葉を日頃使いますか?


僕は間合いって言葉の意味は深く知らないんですが、ボクシングをやっているとよくこの言葉を使います。


「あの選手、間合いの取り方が上手いよな」


なんてことを言ったりするのですが、ボクシングにおいての間合いとは相手との距離感を意味します。


そして、もう少し掘り下げるとボクシングで相手との距離感が上手くとれることとは、自分のパンチが打ちやすい距離で相手には打ちにくい距離を意味します。


つまり自分が優位な距離を保つことが勝利に繋がるということです。


ボクシングは一見殴り合いに見えますが、実は間合いの取り合いのスポーツでもあります。


一昔前のボクシングはまだ闘争本能をブツけた殴り合いの部分もありましたが、ボクシング理論も時代と共に進化して、自分の距離間を保ちながら戦える選手が強い時代となりました。


裏を返せば自分の距離を保てると言うことは、相手の距離にさせていないということでもあります。


それがボクシングにおいての間合いの取り合いです。


試合中に両選手がパンチを出していなくて何もしていない場面に見えても、実は足を使って自分の距離の取り合っていることがあるのです。


強い選手は相手との間合いを常に保ったり、逆に相手の間合いにスッと入り込むのが上手いのです。


従って、近代ボクシングでは「距離を制する者が試合を制する」とも言われるくらいです。




前置きが長くなりましたが、今回はボクシングの話をしたい訳でなく、あくまで例え話としてさせていただいたのですが、日常生活においても間合いって存在しますよね。


そして、人によってそれぞれに本能的な自分の間合いを持っていると僕は思います。


例えば学校や会社などで、ややこしそうな人がいたとして、その人とどうしても関わらないといけないときもあると思います。


事情により、深く付き合いたくはないけど、全く付き合わない訳にもいかない状況。


そんなことって沢山あると思います。


僕もあります。


仕事をしていると、嫌な上司でも仕事を教えてもらわなければならないときや嫌いな同期の人でも協力しなければならないときは多々あります。


そういう難しい距離感の人間と付き合うのは本当に疲れますよね。


しかし、それはお互い様で向こうは向こうでそう思っていることでしょう。


たまに、周りに嫌われてる人間の懐にスッと飛び込める人がいますが、間合いを潰すのがほんとに上手いなって思います。


無理にズカズカ入れば嫌われるし、かと言って気を遣い過ぎても距離は近づかない。


そういう人は相手に意識させず懐に入り込むからすごいなと思います。


そして人が沢山いる中でも、自分が優位な立場で優位に物事を進めていく人もいますよね。


こればっかりは生まれ持ったものですかね。





苦手な人、嫌いな人には人間って本能的に距離を置こうとします。


これも近づかせないと言う間合いだと思います。


面白いもので片方が距離を置くと、もう片方にも距離感が伝わってお互い近づこうとしませんよね。


人との間合いって目に見える物理的な距離でなく、心で感じる魂の距離なのかなと思ったりします。


遠からず近からずなんてよく言いますが、実は社会においてこの距離感が一番安定しているのかなと思います。


確かに、遠過ぎれば人の良いところは見えにくいですが、近づきすぎると嫌な部分が多く見えたりします。


この距離感の取り方で相手の見方が変わってしまうと思うと、あまり近づき過ぎるのも考えものです。


実際に僕は過去に、人に馴れ馴れしくし過ぎて失敗したことがあります。


自分は良かれと思ってやったことが相手には近づき過ぎで、踏み込んではいけない領域まで土足で上がってしまったようなのです。


こう言ったことを何回かしてしまい、人と接するときは慎重にならなければいけないと過去の僕は学びました。


ただ今でも人との間合いはわかりません。


この人はいけると思って踏み込んだらシカトされたり、警戒してると感じて一定の距離を保とうとすると向こうからグイグイ来たりと、人って本当にわからん。


他人との距離感は本当に難しいです。






この地球上で間合いの達人は自然だと聞いたことがあります。


樹々は太陽との距離感が絶妙で、周りの草木と土を分け合い上手く共存するからだそうです。


確かに木と木が場所を取り合ったり、草と草が土を取り合ったりして、ケンカしているのは見たことがありません。


そこにあるのは共存という絶妙な距離感。





そこで思いました。


よし!!


明日から木になろう!!




違うか・・・



正義は勝つのか

おはようございます!!



皆さんはこんな言葉を聞いたことありませんか?


「正義は勝つ」




またコイツ訳わからんこと聞いてるよー、って今そう思われませんでしたか?(笑)


でも、この言葉って本当にそうなのか僕は疑っています。


あくまで自分の中で(笑)


大切なものを背負って、逃げず戦うことが正しいと僕は思っていました。


僕らが小さい頃に見たヒーロー戦隊って、だいたいはクライマックスで巨大怪獣が出てきて、ヒーロー達はピンチになりますよね。


それでも諦めることなく逃げずに戦い、最後は正義が勝つと言うお決まりのパターンです。


この正義のヒーローが子供の頃は堪らなくカッコよく見えました。


そして、僕も子供ながらに勇敢に戦ってる正義のヒーローになりたいと思ったものです。




しかし、大人になっていろんな角度から物事を見るようになって、「正義が勝つとは限らないんだ」という現実を見てしまいました。


むしろ、生まれながらにして貧富の差が激しいこの世界は、悪魔が支配しているのかとさえ思えてきます。


生まれてきて暖かいベッドで寝れる子供と生まれてきても食べ物がなく餓死する子供がいるのが現実。


貧困の酷いある国では路上で歩いている人からお金を恵んでもらうために、親が我が子の腕や足を切って「この子にはうまれつき足がありませんから恵んで下さい」と通行人に見せつけると聞きました。


日本はまだ貧富の差が激しくはありませんが、いずれ日本も貧富の差が激しくなる可能性は大いにあると思います。





いつもの僕の前の職場の話です。


違う課ではありますが、物凄く男気のある係長がいました。


確かその人は当時35歳くらいだったと思います。


その係長と僕は課が違っため一緒に仕事することはありませんでしたが、飲みに行くことはたまにありました。


その係長は何かあれば部下をかばい、上司(課長)には意見の言える筋の通せる男でした。


その人柄から支持する部下は多く、入社してから物凄い早さで係長までスピード出世した人でした。



係長で管理者と言う立場でありながら、周りをフォローするために仕事量だってバリバリこなすし、統括力があるため現場の生産性も上がり、社長は気に入っていたのです。


係長は周りのフォローをすることで自分の仕事が終わらず、泊まり込みでしている姿を何回か見たことがありました。


もちろん誰かに命じられた訳でもなく、自分で判断してやっていると本人は言っていました。


その仕事ぶりから近いうちに課長補佐に出世するという噂話も聞きました。


僕ら下の者からすれば、あの断トツの仕事ぶりなら当然だろうと思いました。



しかし、それを面白くない人達も当然いました。


各課の上司である課長達です。


自分達より社歴も浅く、若い上に人望があり、ものすごいスピードで自分達のいる地位まで上がってこようとしてるからです。


あきらかな嫉妬でしたし、恐れている様にも思えました。


その係長がミスをすると課長はみんなの前でこれでもかって言うくらい怒鳴っていました。


僕にはみんなの前で怒ることで恥をかかせてる様に見えて仕方ありませんでした。


それでもそんな状況にも負けず、係長は下の者をガンガン引っ張っていました。


僕が仕事で悩んでても「いつでも俺のとこ来い!お前と一緒に仕事したいから上に話を通してもええからな!」、そう言ってくれる人でした。


もちろん、その人に迷惑をかける訳にもいかないので、実際にその人に掛け合ってもらうことは無かったのですが、そう言ってくれることが嬉しかったのです。


そして、その人ならお願いすれば本当にやってくれるのは日頃の行動から見て分かりました。


口だけではなく、行動が常に伴っていたからです。


そして、いずれはこういう人が工場を仕切って欲しいなと僕は思いました。





しかし、その人はある日いきなり来なくなり音信不通となりました。


その課の部下達はもちろん、僕もビックリしました。


あの係長がこんなことになるなんて。


会社が電話をかけても、仲のいい仲間が電話しても一切連絡は繋がらず、最終的に総務の人が自宅まで直接訪ねたそうです。


訪ねた結果、鬱病になっていたそうで再起することなく、そのまま会社を退職してしまいました。


結局お礼の一言も言えませんでした。


僕の見方では上司達に潰されたと思っています。




世の中はホントに変だなって思います。


真っ直ぐな人間は潰されて、曲がった上司達は今も会社に残って高い収入をもらっています。




僕は今でさえ思います。


何であんなことになったんだろって。


最後に正義は勝つんじゃなかったのか。


正しい方が勝つんじゃないのか。


こんな会社や世の中を憎みたくなりました。


一生懸命やった人間が潰れて、足を引っ張った人間が生き残るなんて事実あって言い訳がないと思うからです。


しかし、現実に起こっています。





それ以来は係長とは連絡もしていないし、会ってもいません。


ただ、今は別の職場で営業をしていると人から聞きました。


あの人ならきっとそこでも結果を出すはずです。


苦しんだ分の倍以上は幸せになってもらいたいと思うと同時に無理しないで下さいと伝えたいです。


「正義は勝つ」って言うけど、会社の上層部や世界の権力者達を見ていると決してそうは思えません。


むしろ腹黒い連中が多いように思います。


そして、潰れて行くのはいつも真面目で繊細な人間。


本当は逆であるべきなんじゃないのかと思います。


結果を出していない人間の負け犬の遠吠えと思われても構わないので正直な思いを言います。


この社会は無神経な人間が上に上がり、繊細な人間がその犠牲になっているとしか思えないんです。


社会はそういう仕組みなんじゃないかって。


言いたいことをここで言っている僕も人のことなんて言う資格はありませんが、潰れる真面目な人間が多すぎる。


そこに正義なんてあるのか?


よく自分の中で自問自答していることです。


「正義が勝つ」でなく「勝った方が正義」と言うなら、この世界に希望なんてないです。


どんな手を使っても勝てば正義なんですから。



侍魂

おはようございます!!


先週はやたら忙しい&たくさん怒られていました(笑)


そして土曜日も休日出勤でした。


土曜日だから10時半からの出社でしたが、昼からは客先対応だから憂鬱でした(笑)


そしてやってしました。


お客さんのコーヒーをこぼしちゃった・・・


ドラマでよく見るおっちょこちょいなキャラいるじゃないですか。


まさにあんな感じでした。


幸いお客さんの服は無事でしたが、こぼしたとき課長の顔は怖すぎて見れませんでした。


あかんな俺・・・。




まあまあ、そんな僕の鈍臭い話はさておきまして先週の金曜日はボクシングのダブルタイトルマッチでしたね!!


ボクシングを知らない人でも、オリンピック金メダリストの村田選手は知っていると思われますが、昨日はその村田選手のリベンジマッチでした。


村田選手の前回の試合は正直なところ、言い訳の出来ない判定負けだと感じました。


なぜなら相手に技術の差を大きく見せつけられたからです。


その大きな技術の差のある相手に直接リベンジマッチを挑もうと言うのだから村田選手は男だと思いました。



しかし、試合前の下馬評は村田選手が不利。


僕の予想でも村田選手は不利でした。


あの技術差を短期間で埋めることは無理ですし、勝つ方法があるとすれば僕には捨て身で強引にいくしかないと思ったからです。


しかし、ボクシングにおいて捨て身で戦うのはかなり怖いし危険です。


強引に倒しにいけば、それだけ隙もできて倒される可能性が大きくなるからです。


何よりその怖さから並みのハートではできません。




そして、試合を見た結果。


ビビりました!!


本当に玉砕覚悟の打ち合いをしていました。


序盤から相手をKOする攻め方をしていましたが、見ていてあれはかなり怖かったし危険だと感じました。



村田選手は本来ガードが固く堅実な戦い方をする選手ですが、この間の試合に限っては相手がパンチを打ってきたところにガードせず、そこから打ち合いをする展開となりました。


村田選手のパンチは相手に当たっていたものの、強引に攻めてるから村田選手も危険なパンチを貰っていました。


危ないと何回も思いましたが、倒されても構わないという覚悟を感じました。


もうどっちが倒れてもおかしくない試合でした。


そして、先にクリーンヒットを当てたのは村田選手!!


そこからダメージを負った相手を逃さず、一気にたたみ込んでTKO勝ち!!


見事でした!!


あの試合は技術うんぬんでなく、まさに気持ちで勝ち取った勝利だと感じました。


インタビューで村田選手の顔が映ったとき傷とあざが沢山あり、たった2ラウンドなのにこれだけダメージを負うのは本当に死闘だったんだと改めて感じました。


侍魂という言葉がありますが、それを見た気がしました。




悲しいわい!

こんばんは!!

今更ながらなんですが、日曜日は七夕まつりでしたね^_^

みなさん願い事はされましたでしょうか?

うちの自宅も笹の葉を買って長男と次男が願い事を書いてました。

願い事意外にもタコや魚や鳥などを作って飾り付けに動物を複数つけていました。

もはや何でもあり(笑)

長男の願い事を見てみると「足がもっと早くなりますように」でした。

おもちゃのことを書くかと思えば意外でした。

あの子は足が早くなりたいなんて思ってるのは全く知りませんでした。

決して遅くはありませんが、早くもなくまさに普通。

足が早くなりたいなら鍛えてやろうかな?

まあそれはさて置きまして、冗談で「ホントはお父さんみたいになりたいって書きたいんだろ?」って聞いてみました。

すると長男はマジな目で「ちがうっ!!」と全力で答えました。


何もそんなに否定することねぇだろ・・・