PONTAkun’s blog

自分の生きてきた経験や思いを素直に書いてます

影響を受けた人

おはようございます!!


皆さんは生きてる中で大きな影響を受けた人っていますか?


身近な人で言えば学校の先生、部活の先輩、恋人など、小学校から大学にかけて影響を受けた人は必ずいると思います。


もちろん大人になった今でも学ばせてくれる人はいるでしょうし、そんな人が周りに1人でもいるのであれば、良い環境と言えるかもしれません。


また、身近な人でなくとも漫画の主人公や、芸能人などから影響を受けた人もいるのではないでしょうか。


今回は僕が影響を受けた三名をご紹介します。


ではさっそく^_^



1人目 ・矢沢永吉(ロック界のカリスマ)


皆さんご存知の永ちゃんです。


僕は永ちゃんの歌が好きなわけではないですし、永ちゃんのファンでもないんですが、永ちゃんの伝説的バイブル「成り上がり」を呼んで影響を受けました。


「成り上がり」を読んだことある方ならご存知かと思うのですが、永ちゃんの幼い頃の貧しい家庭環境からスーパースターに成功するまでの過程が書かれています。


あの本を読むと「男ならやったる!」みたいな気持ちにさせてくれますが、永ちゃん凄すぎてあそこまでは到底真似できません。


いい意味でとにかく我が強く、決めたことをやり通す強さを学ばせてもらいましたが、あそこまで自分に自信がないと成功できないんだとも思いました。


ただ、何をやっても人に意見が流され気味だった僕に自分を愛して自分を貫くという大切さを教えてくれましたね。


自分が可愛くて自分を愛せるから人生は楽しいという大事なことをです。




2人目・井上雄彦(大人気漫画スラムダンク の作者)


中学校の頃、友達の家へ行きスラムダンクの単行本を読んだらハマりまくりました。


そして、古本屋を何日か巡りすぐに全巻揃えましたねー。


スラムダンクは内容も素晴らしいですが、何より凄いのはあの絵!!


小学生の頃はリアル過ぎて受け付けなかったのですが、今ではあの絵が芸術に見えるくらいです。


上手くは言えませんが、絵だけでセリフがなくても登場人物が何が言いたいのか伝わってきます。


それほどまでに井上雄彦さんの描く人物の絵は表情が豊かで、まるで生きてるかのように感じます。


また絵だけでスピード感や空気感を出せるのも井上雄彦さんの凄さだと感じます。


スラムダンクの最終巻(31巻)、山王戦の最後の方は殆どセリフがなく絵だけで表現されています。


なのに登場人物みんなが何を考えて、とにかく必死に走ってるスピード感と緊迫感は伝わってきます。


主人公・桜木花道のラストシュートが決まった時は、まわりの沈黙さえも伝わってきました。


そして、読んでいる自分も何故か息を止めていました(笑)


完全に引き込まれていましたね。


もちろん漫画家はみんな凄いですし、絵や内容に答えがあるわけではないのですが、井上雄彦さんの絵は他の漫画家に比べ異彩を放っているように思います。


僕は高校の頃、漫画家になりたかったというお話を違うブログでしましたが、もちろん憧れていた漫画家は井上雄彦さんです。


まあ、自分の描く絵は井上雄彦さんとは程遠いですが・・・(笑)




3人目・川嶋勝重(世界チャンピオン)


川嶋さんはボクシングの世界チャンピオンです。


少し詳しく書くと 、川嶋さんはWBCスーパーフライ級の世界チャンピオンで大橋ジム所属でした。


当時は無敵と言われたチャンピオン徳山選手と対戦し、不利な下馬評を覆して衝撃の1ラウンドKOで破り王座へ君臨しました。


現役時代の川嶋さんの魅力として上げらるのはKOを量産するハードパンチャーで、当時はこの階級屈指KO率を誇っていました。


そして、逃げない真っ向勝負のスタイルも男らしさを感じさせてくれましたね。


テクニックよりも気持ちを前面に出して戦う選手でした。


ただ、世界チャンピオンになる人間はみんな才能に溢れている人だけだと思っていましたが、川嶋さんの生い立ちは少し違いました。


まず、ボクシングを始めたのが22歳とかなり遅く、それまではサラリーマンでした。


普通は考えたら、そこから世界チャンピオンは無理です。


何故なら、小さい頃からボクシングジムに通い、高校でアマチュアボクシングで試合経験をたくさん積んで、そこからプロへ転向して、それでもチャンピオンになれる人間は一握り、いやひとつまみの世界だからです。


22歳からボクシングを始めて世界を獲ろうという考えは無謀以外の何者でのないのです。


さらに大橋ジムの会長、大橋秀行さん(ストロー級の元世界チャンピオン)は言っていました。


大橋会長「川嶋に光るものはなかった。絶対三ヶ月とかで辞めてくパターンだと思った」


川嶋さんは練習生時代、自分より後から入ってきた練習生にどんどん追い抜かれ、プロで5戦5敗という選手にさえスパーリングでボコボコにされ、過呼吸になったそうです。


大橋会長は当然そんな川嶋さんにプロテストを受けさせるつもりはなかったそうですし、冷たいかもしれませんがボクシングじゃない道を選べとも川嶋さんへ伝えたそうです。


しかし会長の思いとは裏腹に、ある日川嶋さんは自分から「プロテストを受けさせて下さい!」と申し出てきたそうです。


プロテストを受ける実力に満たないと判断した会長はそれを却下しました、2回も。


この時点で普通なら心が折れるとこです。


と言うより、「一体そんな位置からどうやって世界チャンピオンになったの?」


誰だってそう思いますよね?


当時は川嶋さんが世界を獲るとは誰も思ってなかったでしょうし、プロになれるかどうかという問題だったでしょう。


しかし、プロテストを受かってからの川嶋さんは東日本新人王をとり、日本チャンピオンになり、いよいよ世界チャンピオンにまで上り詰めたのです。


ファイトスタイルに決して器用さは感じせませんが、相手と刺し違える覚悟とハードパンチを武器に勝ち上がっていったのです。


その真っ向勝負のスタイルからついたリングネームは「侍」。


ピッタリだと思いました。


そして、後に大橋会長は言いました。


「川嶋は100年に1人の努力の天才。こんな大化けするとは思わなかった。」


いい意味で大橋会長の期待を裏切った川嶋さん。


いや、大橋会長以外にも川嶋さんは石ころにしか見えなかったはずです。


それが実はダイヤモンドの原石だったとはカッコ良すぎますね!


もちろん川嶋さんが世界チャンピオンになれた一つの要因として運もあったと思います。


しかし、それは人よりも何倍も努力したから呼び寄せた運であって、運だけで世界チャンピオンには絶対なれません。


ちなみ川嶋さんのもう一つの呼び名はあまり知られていませんが、実はあるんですよ。


「ラッキー男」


良いアダ名じゃないですかー!!


人生は運も大事。


だけど、運だけではダメ。


僕がボクシングを続けられた理由の一つとして川嶋さんの影響は大きかったです。


僕も才能がなくて他の練習生に追い抜かれまくっていたのですが、川嶋さんの話を聞いて頑張ろうと思えました。


「俺ボクシング向いてないのかな・・・」


そう思ったときに川嶋さんのことを思い出して頑張ろうと思った回数は数え切れません。


もちろん僕なんかはチャンピオンになれるような器ではなかったけど、才能がないなりに何とかプロにはなれました。


そして、そこには出会いという運もありました。


遠回りもしたし、普通の人の3倍くらいの時間がかかったけど、出会えた人には本当に感謝。


川嶋さんは引退後、奥さんの経営しているジュエリーショップを手伝っています。


ちなみに僕は結婚指輪をわざわざ大阪から東京まで行って、川嶋さんにつくってもらいました。


実際にお会いした川嶋さんは人格者でした。


お店は確か東京の自由が丘?にあったはずです。


店名は「Ring」


オシャレで良いお店なので、良かったら一度足を運ばれてみて下さい。




以上3名でした^_^


ミュージシャン、漫画家、格闘家とそれぞれ違ったジャンルの人たちを紹介させていただきました。


皆さんは自分は影響を与えてくれた人はいますか??