PONTAkun’s blog

自分の生きてきた経験や思いを素直に書いてます

強さと鈍感は違う

おはようございます!!

今回もいつもの様に面倒くさいことを書きます。

ブログで何回か書いている僕の課題。

「強さとは何か?」

まーた面倒くさいこといってるでしょ(笑)

この間の井上尚弥選手の試合を見て、また改めて考えさせられました。

でも弱い僕は生きているうちに答えを自分の中で見つけたいので、やたらと「強さ」について自問自答します。

ってことで、今回もまたまたこの強さについて自分なりの考えを書いていこうと思いますので、宜しくお願いします^_^

まず、強さがつくものを適当にあげてみます。

「喧嘩が強い」

「酒が強い」

「メンタルが強い」

「体が強い」

「我が強い」

など、強さにもいろいろあります。

何でもかんでも強ければいいとは思わないですが、この厳しい世の中を生き抜く上で強さを求められる場面は多々あります。

しかし、世の中は強さと鈍感さが一緒にされていると思うのは僕だけでしょうか。

まず僕の考える強い人の定義。

それは自分や人の痛みを分かることで、痛みを感じたとしても何かのために我慢して前に進める人間を強い人と考えています。

鈍感な人の定義とは無神経で痛みを感じずにガンガン前に進む人を指しています。

社会ではこれが同じ強さとして一括りにされているように思います。

例えば、勤めている会社の社内で「あの人は何を言われても全然気にしないから強いよね。」と呼ばれている人っていたりしませんか?

だけども、その人が本当に強いのかどうかは僕としては疑問で、単に鈍感で無神経な人の可能性だってあります。

そういった人は確かに何を言われても気にしない分、人の心に対しても鈍感だから人に悪気なく無神経なことを言えたりします。

そして、人が傷ついたことすらも全く気付いていません。

確かにストレスを感じない分、強いように思えるかもしれません。

しかし僕の考える強さではなくて、それは何故かと言うと人の痛みがわからないから。

逆に職場でストレスから潰れた人間を弱いと聞いたこともありますが、本当にそうなんでしょうか?

ストレスに強いか、もしくはストレスを感じにくく仕事を続けられる人間が強いのか?

生きる強さとは仕事を続けられたら強いのか?

疑問です。

何をもってして人を強い弱いとするのかは本当に疑問です。

強さはそんな簡単なものではないはずです。


僕が前の務めていた職場にこんな人がいました。

その人は上司から怒られてもケロッとしていましていて、現場ではパートさん達をこき使って文句を言われおうものならば、「お金もらってるんでしょ?仕事ですよ。」と言って一掃してしまう。

確かにその通りではありますが、この上なく嫌な言い方です。

仕事として割り切ってるんだろうけど、パートさんはその言葉を聞いてブツブツ文句を言って怒っていました。

そりゃそうですよね。

ときにはパートさん達もワザとその人に聞こえるように大きな声で陰口を言っていましたが、その人は全く動じない。

と言うか、そもそも自分のことが言われているとすら思っていない(笑)

そんな姿を見ているとその人は強いと言うより、単に感情が死んでいるのかと思ったことがありました。

だけど、気にしいの僕からしたらそんな一面がものすごく羨ましくも見えました。

「俺もあんな風になれたらもう少し仕事が楽に出来るのにな・・・」

ストレスに弱い自分はそう思えたくらいです。

その人の行動は無神経と言うか他人のことを気遣うことなく基本的に自分中心でした。

そしてその行動は仕事のみならず、色んな場面で見えました。

例えば会社全体の飲み会があって、みんなでお店へ焼肉に行ったときの話。

まずその人は同じ席の人のことを考えず、ひたすら自分の頼みたいものだけを頼む。

同じテーブルとは言え、人が頼んだものを手当たり次第食べる。

もちろん肉を率先して焼こうとすることなんてありませんでした。

極めつけは、焼かれた肉を遠慮なく網からとってガンガンとって食べていたのですが、生焼けのものがあったらしく、「うわっ、生焼けや!」と言って、一度口に入れて噛んだ肉をまた網に戻して焼き直したのです。

みんなが使ってる網でそんなことをするもんだから、一気に白い目がその人に集まったのですが、本人は御構い無し。

その白い目にすら気付いていないのです。

というよりも気付かないのです。

その人は僕と同じ歳でしたが、そう言った行動がマナーの悪い行動だと分かっていないのです。

仮に言ったところで「何がダメなんですか?」と真顔で聞いてくる人だから、面倒くさくて誰も注意しない。

まあ、食事の場の一例でしかありませんが、こういった場でその人の性格や行動はよく分かったりします。

逆に気遣いの出来る人間は常に人の行動やテーブルを見ています。

グラスがあいた人がいればすぐに「何を飲みますか?」と聞いたり、空いたお皿を片付けてテーブルのスペースをあけたり。

それをさり気なくしている人を見ると「この人できるな」と感じさせられてしまいます。

そして、その行動は仕事にも共通しているものです。


話はかなり逸れましたが、周りに恨まれようが陰口を叩かれようが、何も感じずに働けるのならストレスも感じることなく長く働けるのでしょう。

実際にその人は高校卒業以来、ずっとそこの会社で務めてきており、転職したことはありません。

離職率の高い会社でありながらもその人は「会社でストレスなんて感じない」と話していましたが、おそらくそれは強いからでなく鈍感なのでしょう。

しかし、この人が強いのかと言われれば「?」です。

色んな行動を見ていて、この人が他人の痛みを感じられると僕には思えませんでした。

しかし、社会ではこういった人が強いと言われることがあります。

よくわからない。

僕の考える強さとは、さっきも書かせてもらった通り自分や他人の痛みを理解しつつも勇気を持って前に進める人間です。

「怖いけど挑戦してみる」、「失敗して辛かったけどまたやり直す」、恐怖心や痛みを乗り越えて、それと向き合った人間は強いと思います。

世の中に強さと鈍感さを分けて考えている人はどれだけいるのでしょうか。

こんなことを考えるのは無意味かもしれません。

でも僕が個人的に思う、今の世の中に増えて欲しい人は頭のいい人でもなく、顔の整った人間でもなく、「強い人」です。

強い人には暖かさがあります。

世の中を良くできる人は強い人だと感じているからです。



以上、面倒くさいことでした!