PONTAkun’s blog

自分の生きてきた経験や思いを素直に書いてます

歳をとるってこういうことですか?

おはようございます!!


最近、花粉ヤバいです。


この時期は稲花粉とブタ草でしたっけ?


僕は鼻も喉もやられていて、ガラガラ声に変わってしまいました(笑)


アレルギー体質はつらい・・・。



で、話はいきなり変わって昨日奥さんから聞いた言葉についてなんですが、僕の中で結構心に残ったので書きます。


以下いつもの会話形式(笑)



僕「俺さぁ、腹たつことがあっても最近あんまり怒りのパワーがわいてこないんだよな。そのエネルギーがないと言うか。」


奥さん「前ほど怒らんくなってきてるよね。それがいいことか私にはわからんけど、まあ昔みたいに本気で怒ることがないなら本気で悲しむこともないんちゃう。本気で喜ぶこともないやろうし。」


僕「・・・」



奥さんのこの言葉に何と返したらいいのかわかりませんでした。


なぜなら妙に納得してしまったからです。


過去のブログで書いたのですが、僕は少しずつ怒らなくなってきたことを自分でも実感しています。


と言うより怒るパワーもなく怒れなくなってきたんです(笑)


しかしそれは怒ることだけでなく、気が付かない内に本気で喜ぶことも、悔しがることも、泣くこともなくなっていっているのかもしれません。


当たり前の話ですが、本気で怒るのはそれだけ真剣に熱くなっているからで、その反対は楽しい笑いがあります。


大きな喜びの裏には深い悲しみ。


喜怒哀楽の振り幅はそれぞれに等しいとすれば、強いを怒りを感じないということは大きな喜びも感じなくなるということになります。


振り幅がないぶん心は安定はするでしょうが、僕はそれぞれの感情が大人しくなっていくと思うと何か寂しさも感じます。


これが歳をとるってことなのか?


いつまでも「俺は俺だ!!」と心の中で叫んで、自分の正しさを信じたいけど、本気で怒ることがないのなら、その分で葛藤もなくなっていくんだと思います。


葛藤がなくなれば「まあいいか」みたいな感じで自分の意見もハッキリとしないまま進んでいくんだろけど、それって自分がなくなるってことじゃないのか?


葛藤のない分、それはそれで楽には生きられると思います。


でも僕は代わり者の僕は周りに流されたくないから、自分にも人に対しても怒ったり泣いたりしました。


そんないちいち熱苦しい自分に嫌気がさすこともありましたが、今思えば怒ることも泣くことも悩むことも笑うことも、自分そのものだったんだと思うとそれが失われるのは何かこわいです。


そうなることて一皮むけた自分に会えるかもしれないけど、流されていくことに何も感じなくなった自分になってしまうのはダメな変わり方です。


頭が悪くても、顔が悪くても、気が弱くても、僕は僕でいたいからです。


そう思うと自分のことをゴミクズだと思っている僕ですが、こんな自分でも愛してるのかもしれません。