PONTAkun’s blog

自分の生きてきた経験や思いを素直に書いてます

選択肢の一つ

おはようございます!!


皆さんは嫌なことがあるときどうしますか?


生きていれば嬉しいことも嫌なこともたくさんあると思います。


どちらかと言うと嫌なことの比率の方が多いですかね。


だからこそ嬉しいことがあれば喜ぶし、また頑張ろうという気にもなれます。


逆に嫌なことであった場合、真っ向から立ち向かうのか、または少しずつ進めていくのか、それとも最後まで後回しにするのか、人それぞれです。


逃げずに戦うことを世間では勇敢と評価することが多いけど、嫌なことから逃げてはいけないというのは実際のところはどうなんでしょうね。


たまに分からなくなります。


もしその言葉通り人々がみんな嫌なことへ立ち向かっていけたなら、世界はすごいことになっていると思います。


しかし、嫌なことへ幾度となく立ち向かえる強い人もいれば、そこから目をそらしてしまう人もいます。


逃げずに立ち向かうことは、成長への1番の近道と言われてますが、確かにこれは間違いないと思っています。


人が嫌がることは基本的に大変ですし面倒なことも多い。


それをやりつづければ気持ちも体力もつくのは、ある意味で当たり前なのかもしれません。


しかし、多くの人はそれを分かっていながらもなかなか飛び込めません。


ここで偉そうに語ってる僕もです。


大変な思いはしたくないですし、やっぱりなんと言っても怖いです。


どうなってしまうか保証なんてないですからね。


だから飛び込まなければならないと心では思ってはいても、どこかで誰かがやってくれるだろうとなってしまいます。


しかしそれでも長い人生を生きる中で、どうしても戦わなければならない状況があります。


それは自分にとって譲れないもの、守るべきものがあったとき、もしくはどこにも逃げ場がないときだと僕は思っています。


逆に逃げなければならない状況とは無謀な勝負であり、そこには100パーセント勝ち目がなく、負けたら全てを失う場合です。


もちろん自分自身が潰れることも含まれます。


今回は後者の逃げるときにフォーカスを当てたいと思います。


僕も過去に嫌なことへ戦ってきたこともあれば、もちろん逃げたこともあります。


「あぁ、もう駄目だ・・・」


そう思って逃げ出したこともあったし、疲れ果てて動くことさえできなかったこともあります。


その場から走って逃げようが、その場でうずくまってしまえば戦闘不能と見なされ、世間からは逃げたことになってしまいます。


でも逃げたと聞くと何とも響きは悪いけど「一旦退いた」とか、「回復のため避難した」と言うと、どこか受け取り方が変わりませんか?


同じことを言っても、まさに言い方ひとつで印象が変わってしまいます。


本来は戦いにおいてに逃げるという選択肢はあって当然なのかもしれません。


仮に人生そのものが戦いという舞台ならばです。


人気ゲームのドラクエでもモンスターに遭遇し、戦闘画面になったとき「たたかう」と「逃げる」という選択肢はあります。


主人公のレベルが出会ったモンスターよりもはるかに下回っていたり、主人公のMPが残り僅かならば、逃げなければモンスターに確実に殺されてしまいます。


主人公の死はゲーム上においてはゲームオーバーとされますが、現実世界での主人公は自分であり、自分がやられると言うこと死を意味します。


つまり命のかかった勝負において、明らかに勝てない勝負に挑むのは勇敢ではなく、ただの無謀ということです。


だけど、現実では「嫌なことから逃げてはいけない」というのが、世間の一般的な見方。


ゲーム上で死んでもコンテニューは出来ますが、現実の世界で死んだらそこで終わりです。


むしろ現実の世界こそ逃げるという選択肢があってもいいはずだと僕は思うのです。


そもそも逃げるという言い方がよくなくて、退くという言い方にしてもいいと思います。


ボクサーでもインファターと言って近い距離でガンガン打ち合う選手もいれば、相手との距離をとって足を使いながら戦う選手もいます。


アウトボクサーは相手と離れて戦うので、近づいてくる相手選手に対して逃げ回ってるという見方の人もいますが、それは大間違いです。


相手との距離を離れて戦うことも戦術であり、危なくなったらクリンチすることも技の一つだからです。


なぜにアウトボクサーを「男らしくない!」とか「逃げまわってる!」と言う人がいるのか?


それは単純に殴り合いのKO劇を見たい観客が多数いることや、アウトボクサーに上手くいなされて腹が立った選手が言い訳にしているからです。


ボクサーの目的は面白い試合をすることではなく、KOをすることでもなく、とにかく勝つこと。


勝つことが目的なのだから試合中に足を使って戦おうが、ダメージが抜けないのならクリンチをしても構わないのです。


逆に試合を盛り上げるために無理に打ち合ってKO負けしたり、ダメージがあるのに真っ向から向って倒されればプロ失格ということになります。


プロでありながら勝つことに徹していないからです。


そして、それは勇敢ではなく無謀です。


人生という戦いにおいて勝つとは何かというのは人によって違いますが、なにかを達成するには生き残ることが前提です。


だから潰れたり死んでしまってはいけないのです。


生きてさえいれば可能性はあります。


でも、「逃げてはいけない」となぜ周りの人は言うのか?


その発言を言ってくる人の中には本当に本人のことを思っている人もいるでしょう。


しかし中には逃げないことをより正当化して、例えばブラック企業の上司などが「逃げないことが大事だ!!」と最もらしいこと言ったりもします。


それは単純に会社から労働力を失いたくないから束縛してるのであって、本当は逃げる逃げないの話ではないのです。


その人の人生であり選択は自由だからです。


しかし、この逃げてはいけないという言葉にすり替えて、人を縛り付ける人間も多いのは事実。


そもそもが逃げてはいけない理由がなんなのか。


周りと同じように生きるべきだから逃げてはいけないのか。


逃げればまた同じ苦しみに出会うからなのか。


確信のある答えが僕には思い浮かばない。


しかし、その全てを逃げると言う言葉で一括りにするのは僕は良くないと思っています。


さっきも書いた通り言い方一つで印象が変わるからです。


「逃げるな」とやたら言うのは、今でも日本の侍魂のような戦時中の意識がまだ世間に残っているからなのかと僕は思えてきます。


ゲームにすら逃げると会う選択肢があるのに、現実で逃げてはいけないというのは矛盾しています。


ゲームだから逃げていいのか?


僕は逆だと思います。


その言葉の響きが悪いのなら一旦は退けばいい。


人生は元気に生きている限り、何回でもコンティニューできます。


問題はそのあとで、休んだらまた挑戦してみたらいい。


僕はその繰り返しでしかないです。