PONTAkun’s blog

自分の生きてきた経験や思いを素直に書いてます

パニック障害日記 ~第七話~

こんばんわ!

今日は北海道で大きな地震

日本は大丈夫なのか??

今日も会社へ出社しましたが、台風の爪痕はまだまだ消えそうにありません。

ここまで災害が続くと生きてるのは当たり前ではないと実感します。

 

(つづき)

「もう一回ボクシングしようかな。」

 

僕は高校時代にいじめられており、ボクシング漫画「はじめの一歩」の影響からボクシングを習っていました。そして、いじめられてもやり返す力が欲しくてボクシングを始めましたが、やっている内にそんなことよりプロになりたいという思いが強くなりました。

 

しかし自他ともに認める才能のなさで、プロどころか練習生でもかなり下の方でした。大学在学中も通っていましたが、結局はプロテストにすらたどり着けませんでした。ちなみにセンスのいい子なら一年もあれば受かります。

 

それを5年かけても受からない、いやテストすら受けられないのだから重症です(笑)

 

大学卒業直前、就職先を蹴ってプロを目指すべくフリーターとして本格的にボクシングに取り組みました。もちろん親の猛反対はあったし、親をたくさん泣かせました。

 

僕は親不孝者です。

 

しかし本格的に取り組んで2年、一向に目が出ずいよいよ諦めてしまいました。

 

そのあと就職したけど、まるで上手くいかずに役立たずの社員で終わり、いいところを見せず半年で退社。

 

振り返っても終わってる僕の人生・・・。

 

ってことは

 

「だったら捨てるものなんて何もないじゃないか!!見栄もプライドも何もないならもう一度やってやろう!!このまま死にたくない。俺を見下して笑い者にした会社の連中を見返したい!」

 

自分の言葉で自分を奮い立たせ、だんだんと覚悟とやる気が湧いてきました。

 

明日からトレーニング開始しよ!!

 

次の日の朝から走り始めました。すぐバテたけど(笑)そして、筋トレ、シャドー、ほんとに少しずつだけどジムにはやく復帰できるように自分なりにメニューを組みました。最初は長距離を走ることも出来ないから歩くだけ。

 

母はいきなり朝から僕が走り出したから驚いていました。だけど昨日の一件もあり何も聞いてはこない。

 

日中、死の煙が来て不安で仕方なくなりましたが「死んでもいい。これ叶えて死ぬなら何も怖くない。」、無理だとわかっていても押し切ろうとする自分がいました。

 

トレーニングの効果があったのか、それとも腹を括ったのがよかったのか、続けていくうちに明らかに死の煙の頻度が少なくなりました。

 

トレーニングを続けて一カ月、筋肉も少し戻ってきて動けるようになってきました。死の煙はなくなった、というよりトレーニングに集中すると忘れていました。いつの間にか来なくなってたみたいな感じです。

 

だからいつ治ったとかではなく、これをしたから治った訳でもありません。

 

ジムに復帰の意思を伝えるべくいよいよ電車に乗ることにしました。前の記憶が蘇るから怖かった。だけどついに乗った・・・。

 

苦しさもなく電車が普通に乗れた!!!凄い大きな一歩を感じました。

 

ジムに復帰の意思を伝えるとトレーナーや仲間は歓迎してくれました。

 

そして、いよいよ親にジム復帰の意思を伝えるときが来ました。

 

親は僕がトレーニングを始めたことを喜んではくれました。しかしボクシングをするということには結びつかなかったらしく、「早く次の仕事が決まるといいね。」と言っていました。

 

散々迷惑をかけてまたボクシングとかなり言いづらかったですが、いよいよ言うときが来ました。

 

「母さん、大事な話がある。俺もう一度プロ目指してボクシングやってみるよ。」

 

これを聞いた母はまた泣いた。本当に泣かしてばかり。夜中も一人で泣いてた。

 

晩それを聞いた父は「お前はアホか?」と言って、呆れた顔をしていました。

 

友達に報告しても「お前もいい加減ちゃんとしろよ!」と怒られる。

 

「こんなボロボロの夢、誰にも応援されそうにないな。理解されない。けど、もういいんだ。これ叶えて死ぬって決めたんだから。」

 

そして報告をして一週間後、思わぬ人から手紙が届きました。

 

つづく

 

次回で完結させます。