PONTAkun’s blog

自分の生きてきた経験や思いを素直に書いてます

安定と言う名の幻想

こんばんわ!! 

また台風が来てるそうですね!

会社へ通勤途中の信号が何個か壊れていたけど、ようやく全部直ったのにまた台風とは・・・。

やはり自然災害の前に人間は無力なものですね。

 

 

今回のテーマは「安定」について僕なりの考えをお話させていただきたいと思います。

 

安定って言葉、よく耳にしますよね。安定、安泰、安心、生きる上で多くの人がこれらを求めていると思います。

 

例えば親が自分の子に公務員もしくは大企業を進めるのは安定しているから。

 

潰れる心配はないし、福利厚生も手厚い。

 

単純に考えれば確かにそうです。

 

自分も過酷な労働環境にいた時期は公務員になりたいな、と思ったこともありました。

 

しかし、いろいろな経験を経て「安定は幻想に過ぎない」という考えに至りました。

 

これはあくまで自分の中での考えです。

 

僕が感じたのは安定にも内側と外側の2つあるということです。つまり自分の精神的安定と外にある安定。この外にある安定っていうのはこの話の中だけで言えば会社を指しています。

  

僕自身の体験からお話しさせていただくと、会社がいくら安定企業でもやはり働いている本人の感情は多かれ少なかれ不安定で揺れます。それは社内での人間関係だったり、労働時間だったりと、常に感情は一定ではなく外部からの影響で動いています。

  

僕の友達に東大を卒業した人がいます。

その人は大学卒業後、誰もが知る大手企業に入社しました。周りから見れば一生の安泰、安心の人生でした。

 

しかし、その彼は入社して2年後に精神的病により会社を辞めて自宅療養が続くようになりました。高学歴からの大手入社。絵に書いたような人生かと思いきや、そこに安定はありませんでした。

 

彼の外側には世間で言われる安定がありました。

だけど、その安定企業という船に乗った彼自身が不安定なため結果的には安定ではなかったのです。

 

また、逆もありました。

かなりの過酷な労働環境でも笑顔で働き、「きついけど俺には居心地がいい」と言って、長年勤めている先輩もいました。

 

正解・不正解はありませんが、もし安定があるとするなら外側の安定を求めず、自分自身が強くなることが一番の安定への近道かもしれません。

 

だとすれば安定を求めるではなく、安定を自ら生むということになります。

 

また住む世界が違えば、安定の考え方も違います。

僕らサラリーマンは安定思考の強い人間が集まる世界ですが、プロボクサーの仲間たちは違っていました。

 

「安定ってなんだ?」とか「安定なんてどこにもない。」と言い切っている仲間が多かったのです。

 

確かにボクシングに限らず格闘技っていつ何が起こるか分らないから、安定志向が強いと恐くて出来ない。だからこそ安定思考に捕らわれない人は試合に命を懸けれます。

勝てるなら死んでもいいという覚悟が強いから。

 

国がつくった安定という幻想に騙され続ける人なのか、もしくはそれに頼ることなく自分の足で動いていく人なのか。

 

日本は前者が多い国、というより前者をプログラムしたい国だから必然的にみんなそっち流れていってしまいます。

 

後者は国を頼らない訳だから、非常に難しい上に勇気のいる選択です。

 

しかし、インターネットが発達した今、一般人でも個人事業主として独立をしやすくなりました。

 

言い換えれば雇われなくていい時代が少しずつ来ているのだと思います。

 

前のブログにも書きましたが、あるジャーナリストによれば日本の7割近くの企業がいずれなくなるそうです。もちろんすぐではありませんし、確信もありません。

 

だけど、現実的に雇用がどんどんなくなっていってますし、雇われなくても生きていける様にもなってきています。

 

今現在ではいいところに雇われるのが安定という常識ですが、時代の流れによりいつか雇われず自ら仕事を生み出せることが安定になる日が近づいていると思います。

 

世間でいう「安定」という常識すらも時代とともに変化するので当てにならないと感じており、危機感を感じる自分がいつもいます。

 

そのために自分は今何が出来るんだろうとバカなりに考えています(笑)