PONTAkun’s blog

自分の生きてきた経験や思いを素直に書いてます

あの日の答え ~最終回~

試合開始。

 

1回表、相手チームの攻撃からです。

 

先頭打者は内野ゴロに打ち取りワンアウト。

 

この日もウチのピッチャーは調子が良さそうでした。

 

しかし、つづく2番、3番の打者、ヒットを許してしまいワンアウト一、二塁の展開となりました。

 

早くも試合の動きそうな予感。

 

ここで4番打者、身長がデカい!!

 

本当に小学生かと聞きたくなるほどでした。

 

4番打者の子は如何にもホームランを打ちそうなオーラを醸し出していました。

 

緊迫した展開。

 

流れをつかむ初回の大事な場面だけにここは踏ん張りどころでした。

 

しかし、ウチのピッチャーのずっとチームを支えてきたのです。

 

負けないはず!!

 

そして、ピッチャーの渾身の球が投げられました。

 

4番打者の子は初級から振ってきましたが、スイングしたボールは芯を捕えず孤を描くフライとなりました。

 

そしてそのフライは僕の元へ飛んできたのです!!

 

相手の監督は初回から勝負をかけてきており、ヒットエンドランをかけていました。

 

つまり打者が打つ前にランナーは走っていたのです。

 

この平凡なライトフライを取ってランナーを刺せばゲッツー。

 

1回表は無失点で交代できます。

 

しかし、平凡なライトフライのはずなのに何故か僕はこのとき

 

「このフライはとれない・・・。」

 

と固まってしまい金縛りのような感覚に襲われました。

 

だけど、目の前に向かってきたフライを必死キャッチしようとしたのです。

 

よし!!キャッチできた!!!

 

と、思ったら一度グローブに入ったボールはバウンドしてグローブの外へ逃げて行きました。

 

その瞬間がスローモーションになったのを今でも鮮明に覚えています。

 

そしてボールは地面に落ちました。

 

僕はエラーをしたのです。

 

そしてその瞬間、見に来ていたお母さんたちの叫び声が聞こえました。

 

「あぁー!!」

 

落としたボールをすぐ拾い投げようとしたときは既に遅く。

 

ランナーは満塁・・・。

 

ゲッツーで無失点交代のはずが、ワンアウト満塁と僕が大ピンチの展開を招いてしまったのです。

 

僕「どうしよ、どうしよう・・・」

 

自分のエラーでとんでもない展開になってしまい、不安で恐くなりました。

 

ここで相手の5番打者、またデカい!!

 

そして嫌な予感は的中し、ヒットを打たれました。

 

この回で早くも2失点、続く打者にも打たれ3失点、ピッチャーはどんどん崩れていき、この回が終わる頃には6失点となっていたのです。

 

自分はもうどうしたらいいのか分からなくなっていました。

 

ベンチに戻るとき、当然ながら監督とチームメイトの顔は恐くて見れませんでした。

 

監督は僕らに「あきらめず戦うしかない。」その一言だけ伝え、一回裏の僕らの攻撃が始まりました。

 

ベンチに戻っても、

 

「俺のせいだ。どうしよ、どうしよ・・・」

 

この言葉が頭にずっと駆け巡っていました。

 

頭は真っ白で、心は不安、そして足には力が入らない。

 

茫然と立ちすくしていると一人のチームメイトが

 

「どんまい!楽にいこうよ!」

 

そう言って僕の肩をたたきました。

 

その瞬間に張りつめていたものが切れてしまい、一気に涙が溢れ出してしまいました。

 

試合中なのに僕は大泣きしてしまい監督が

 

「アホ!!なに泣いとるんや!!あきらめるな!!まだ終わってないやろがっ!!」

 

と怒りました。

 

この回、悪い流れにも関わらずチームはヒットが続き、2点を獲得しました。

 

そして僕の打順が回ってきました。

 

泣くなと言われても泣きながら打席に入る。

 

相手ピッチャー投げづらかったと思います(笑)

 

漫画みたいでなセリフですが、泣きながら打席に入ったため涙でボールが見えませんでした。

 

自分のミスを少しでも取り返したい、そう思い全力でバットを振りました。

 

結果、三振・・・。

 

現実は甘くありませんでした。

 

続く2回表、もう相手チームは完全に勢いづいていました。

 

一度流れに乗った相手を止めることはで出来ず、この回もヒットを打たれ続けピッチャーは完全に心が折れてしまいました。

 

そこからはフォアボールの連発、そして押し出し。

 

恐くてストライクが投げられなくなっていました。

 

9人ギリギリのチームだったので代わりのピッチャーはいません。

 

相手チームは盛り上がっているのにこっちはお通夜みたいでした。

 

普段はエラーしない子までエラーしたりして、もうチームの流れはボロボロ。

 

僕はずっと泣きながら

 

「俺のせいだ。どうしよ、どうしよ・・・」

 

そればっかり頭の中で駆け巡っており、もう消えたくなっていました。

 

出来るなら早く試合が終わってほしかったのです。

 

そして、その願いが皮肉にも叶いました。

 

14-2と4回にコールド負けとなったのです。

 

最後の大会、そして最後の試合でこんな結果になりチームみんなが泣いていました。

 

みんなに泣く顔を見て更にとんでもないことをしてしまったと感じ、自分は責任感で押し潰されそうになっていました。

 

僕らが泣きながらグラウンドをあとにするとき、「ごめん」と誰かが僕に声をかけてきました。

 

振り返るとピッチャーの子でした。

 

ピッチャーの子はで僕を責めるどころか自分のピッチングのせいだと誤ってきたのです。

 

僕のせいで本当に申し訳ないことをしたと思います。

 

自分のせいでその子にまで責任を感じさせてしまったからです。

 

 

そして、あれから22年の時が立ちました。

 

しかし、僕はあのときのことは忘れたことはありません、

 

何であのフライが取れなかったのだろう、と後悔すると共に答えが見つかっていません。

 

一体なんのためにあんな経験をしたのかが未だに分からないのです。

 

甲子園を見ていると、たまに一人のエラーでサヨナラ負けをしてしまうようなシーンがあります。

 

そしてその選手は泣き崩れたまま動けなくなっているシーンを皆さんも目にしたことがあると思います。

 

少年野球と甲子園では比較になりませんが、泣き崩れる選手の背負ってたものやプレッシャーを考えると想像絶する苦しみだろうと思い心配になります。

 

少年野球の僕ですらあんなに苦しんだのに、甲子園でこんなことになればその重みで立ち直れないんじゃないかと。

 

団体競技はチームどうし助け合えるという良さの裏に、一人のミスをチームみんなが被ると言う重みもあります。

 

自分はその経験から団体競技は恐くてトラウマになってしまいました。

 

そして、答えは何も見つかっていません。

 

もし今の自分があの時の自分に会えたなら、何て声をかけるのか時々考えることがあります。

 

泣きじゃくってグランドをトボトボと歩く自分を見たら今の僕は何て声をかけるのか。

 

「失敗しちゃったのは仕方ない。次はチームを助けられるようにたくさん練習しような。」

 

今の自分にはこの言葉しか思い浮かびません。

 

少しは成長できたのか、そして答えに近づけているのか、生きている限り忘れることのない思い出です。