PONTAkun’s blog

自分の生きてきた経験や思いを素直に書いてます

隠れた本質

こんばんは!!


物事が起こるとき、また人が発言をするとき、そこには必ず背景があります。


それが良いことであるか、悪いことであるかはその背景を見ないと本当のところはわかりませんよね。


例えばいい事を言った人がいたとします。


実例を上げると僕が前に務めていた会社の社長で「社員は家族です。みんな幸せになっていただきたい。」と壇上で言っていました。


一見するとすごく良いことを言っています。


しかし、幹部連中の会議では「代わりはいくらでもいるんだからサービス残業させてでも働かせろ!!」と言っていたと幹部の方から直接聞きました。


表向きでいくらいいことを言っていたとしても、背景が最低な人間の言葉は心へ届きません。


また、僕の友達がこんなことを言っていました。


友達「どんなに悩んでても自殺だけは絶対するなよって悩んでるみんなに俺は言いたい!」


これも良いことを言っています。


しかし、そいつの家は芦屋という富裕層の住む町で、そいつの家はデカく高校も大学も私立と非常に恵まれた家庭環境です。


そして、その友達自身も楽観的であまり悩まないタイプでした。


だから僕はそいつへ素直な思いを言いました。


「お前にその悩んでる人たちの何がわかってやれるの?」


もちろん自殺を肯定する訳ではありません。


しかし、そいつの発言があまりにも薄っぺらいから腹がたったのです。


話は変わり、何年か前に海外で行われた安楽死について、日本のニュース番組などで議論されていました。


安楽死の道を選んだ本人は、ガンで助からないと告げられて抗がん剤での辛い治療より、薬での安楽死で綺麗に死んでいく方を選んだそうです。


それを日本で議論されていたのですが、僕自身は安楽死を否定も肯定もしないです。


ただ、自分が末期ガンで余命3カ月と言われれば恐くて恐くて何も出来なくなるでしょうし、本音を言えば楽に死にたいです。


それを五体満足の芸能人が「生きることは神様が決めることだから自ら死ぬことは許されない」と発言していたことにとても腹が立ちました。


では、あなたかいざ自分が「末期ガンです」と告げられたとき全く同じことが言えるのかと思うからです。


人間はみんな弱い生き物だから、辛いことから目を背けたくなります。


抗がん剤の治療のことは詳しくわからないけど、髪が抜けて痩せこけて痛みの伴う辛い治療だと聞きました。


死ぬと宣告されれば、どうせ死ぬのであれば楽に綺麗に逝きたいと思うのが本心ではないでしょうか。


これまで登場した社長、友達、芸能人は確かに正論を述べています。


みんな立場が違えば問題を抱えた当事者へ正論を語りたがります。


しかし、当然ながら正論は正解ではないです。


問題を抱えた当事者から見る景色と、外野から見る景色は違うため、正論を掲げたところで通用しないのです。


批判を受けるかもしれませんが、外野の言う正論はヤジに近いものがあると思います。


外野から正論を述べるくらいなら、飛び込んで助けてやる方がよっぽど助かるに決まっているからです。


かなりに前にメキシコでこんな事件がありました。


犯人である男性が人質にナイフをつきつけ、多額のお金を要求するという事件です。


この内容だけを聞けば、犯人は悪人だと感じてしまいます。


この事件はリアルタイムでテレビへ生中継されており、インタビュアが犯人に近づき何故そんな大金がいるのか尋ねていました。


すると犯人である男性は、娘が手術しないと死んでしまう病気を抱えており、その手術費用が莫大な金額なため、そんな大金は用意できないから犯行に及んだと泣きながら話しました。


結局インタビュアである男性が、「だったらそのお金は俺が払うことを約束するから人質を解放してやってくれ」、みたいなことを犯人に伝えて、人質は無事解放されて事件は収まりました。


起きた事だけを見れば強盗殺人未遂ですが、見方を変えれば犯人である男性は娘のために必死だったんだ、そうするしか手はなかったんだって思えて切なくなってきます。


実際に貧しい国では薬すら買えず死んでいく幼い子もいるって聞きますし。


日本でもこんなニュースが流れていました。


介護する費用がなくて息子が母親を殺した。


この事件の背景には生活保護の打ち切りがありました。


息子さんとお母さんの二人暮しの生活をされており、独身の息子さんが歩けない母親を介護しており、付きっ切りで介護していたため働くことが出来ないから生活保護を受けながらの生活だったそうです。


しかし、無情にも息子さんは若いからまだ働けるという理由で生活保護を打ち切られてしまい、生活がまともに出来なくなったそうです。


お金が底をつき、頼る人もいなく行き詰まった結果、息子さんはお母さんに「もう生きられへんねんで」と伝えて、泣きながら首を絞め殺したそうです。


そして息子さん自身も自殺するはずだったそうですが、死ねなかったそうで警察に自首しました。


しかし、結果は無罪。


あまりの辛さに同情の余地があったからだそうです。


こんな事件は世の中にたくさんあるだろうし、いずれ自分にも降りかかってくるかもしれません。


物事の本質は簡単に良い悪いは判断出来ませんね。


一見悪いことをしていても、そこには誰かを守ろうという大義名分があったり、良いことをしているように見えても実は点数稼ぎだったり。


本質を見抜くには表面的に物事を見てはいけない。


そして何よりいけないのが、表面的に物事を見てヤジることだけはしたくはないです。


ヤジなんて言うのは一番簡単なことで、誰でも出来ます。


テレビのワイドショーで不倫問題を流して、画面越しで意見するのは自分として好きになれない。


不倫した事実だけを見て、当事者達のことなんて知らないのにどの立場で悪者扱いしてるのかがわからないからです。


自分は気づかないだけで、それ以上の悪いことをしている可能性だってあるのに人の失敗や悪事を笑えるのは自分のことが見えていないのと同じ。


大切なのは物事に隠れている答えを見つけることだと思うからです。