PONTAkun’s blog

自分の生きてきた経験や思いを素直に書いてます

誰のために?何のために?

こんばんは!!


いきなりなんですが、たまに生きる理由って何だろうって考えたことありませんか?


こんな僕でも何のために生きているのか、また生きるって何か、そして誰のために生きているのか、よく考えたりします。


行きつく答えはいつも同じでも、そこへの導き方が歳を重ねるこどに変わっていっているのが自分でもわかったりします。


それはつまり自分の人間性が歳と共に変化をしているのを意味しているのではないかと感じます。


成長しているのか後退しているのかはわかりませんが(笑)


僕は昔、両親に反抗して意見するとよく言われました。


「アンタより長生きしているんだから、親の言うことは間違ってない!!」って。


今でも思うのですが、この考え方は大間違いですし、こんな考え方をしているのは非常に危険だと思います。


なぜなら年を重ねるイコール人間的な成長ではないからです。


確かに年の差分だけの経験を多く積んでいる部分はあると思います。


しかし、長く生きているイコール成長ならば大人たちはみんな人間的に素晴らしいということになります。


だけど、実際は60歳になっても他人への迷惑を考えない行動をとる人もいれば、若くても周りを見て配慮のとれる人間もいるのが事実です。

 

在り来たりな言葉ですが、大切なのは何年間生きてきたとかではなく、どの様な道のりを生きてきたではないでしょうか。


って、僕ごときが偉そうに言ってすいません!!


話を戻して誰のために何のために生きているか、ですね。


僕は誤解を恐れず言わせていただくと自分のために、自分が前に進むために生きています。


仕事だって自分のためにしています。


もちろん誰かのために頑張るという考えも正解だと思います。


しかし、自分の場合はそういう考えになれない、というよりならないのです。


職場でパートさんに「家族のためにお仕事を頑張らなきゃいけないね!」って言われて、物凄く引っかかることがあります。


自分を応援してくれている意味で言ってくれているので言い返すことありませんが、心の中ではいつも「俺は俺のためにやるんだ!!」って、思ってしまいます。


こんなダメな僕でも負けたくないから頑張りますし、笑われて終わりたくないから隠れて努力したりもします。


顔には出しませんが、職場では心の中でいつも「お前らには負けねぇからな!」って思う自分がいます。


いつだって笑った連中を見返したいと思う気持ちが消えることはありません。


そして、この反骨心が自分の頑張る原動力なのかもしれません。


しかし、これが家族ためにとなると頑張れなくもありませんが、仕事で嫌なことがあれば家族がいるからやらなきゃ頑張らなきゃいけないと思ったり、つまらない仕事だけど家族がいるから続けなければ、と無理にやっている気持ちなってしまうのです。


そうなりたくはないし、何よりも「俺は俺のためにやってるんだ!!」って思った方が自分としてはモチベーションも高いですし、力強く戦えます。


僕の好きなアーティストUVERworldの「Dont think feel」という曲で「誰かのために生きる、それさえお前のためだろ??」って歌詞がありますが、この歌詞はすごく共感できます。


たまに「あなたのために言ってるの!」なんて言う人がいますが、僕はこういったことを自分の口から言う人は最初から信用しません。


そんなこと言う人に限って自分のことしか考えてないからです。


本当に相手のことを思うのならこんな発言はしない。


僕は自分のために頑張って自分のために生きているから頑張ろうと思えますし、ときに人にも力を貸そうと思えます。


自分がボロボロの状態であれば、人を応援する余裕はないですし、そんな器もありません。


だからこそ心から仲間を応援するには、まず自分自身が安定しなければなりません。


そして、「俺は俺だ」と言えるのもまた自分のために頑張っている人間だとも思うのです。