PONTAkun’s blog

自分の生きてきた経験や思いを素直に書いてます

旅立ちの決意(第7話)

おはようございます!!

今日は土曜日ですが、大阪は朝から雨。

雷まで鳴っています。

今日は公園に行けそうにありません。

部屋で一日中、息子達に僕の武勇伝でも聞かせてやりましょうかね(笑)

ってこと続きどうぞ。




2月中旬、研究室の卒業論文も無事に合格をもらい卒業が確定しました。

あとはアルバイトをして、出来る限りお金を貯めるだけ。

そして、トレーニングも再開しました。

走り込みが中心でしたが、研究室の期間は運動をあまりしてなかったので体力がかなり落ちていました。  

ここからまた体力を戻すのは一苦労です。

引っ越しの準備などもありましたが、もうすぐ家を出て地元も離れるので、地元の友達とも遊ぶようにしました。

遊ぶ度に、「もうすぐこいつらともなかなか会えなくてなるんだな」って寂しさを感じました。

家では母の元気がなく寂しそうでした。

世間の価値観に染まった母でぶつかることもありましたが、それでも僕をすごく可愛がってくれました。

僕は母にとっては親不孝者です。

母が望むような姿になれなかったから。

だけど、自分の人生だし誰のために生きるのかを考えると敷かれたレールを歩き続けることに限界を感じました。

父のことは気になりませんが、母には感謝の気持ちを伝えようと思い、その日の晩に手紙を書くことにしました。

だけど、いざ手紙を書くにしても何て書いたらいいのかわからない。

だから記憶のある幼い頃から母のことを思い返してみました。

3歳から幼稚園、本当によく可愛がってくれました。

思い出すと大粒の涙がボロボロ出てきました。

すると、コンコンとヘアのドアをノックする音が聞こえました。

母が部屋に入ってきたのです。

やばい!!泣いてるのが見られる!!

しかし、ドアは背中ごしにあったため母は幸い僕の顔が見えませんでした。

僕への郵便物を部屋に持ってきてくれたのですが、卒業論文が終わったのに机で何か書いてるものだから母は変に思ったそうです。

母「え?勉強してるの?」

僕「うん。」

泣いてるのがバレたくないから、振り返らず素っ気なく返事しました。

しかし母は何かを感じたのかすぐ部屋から出て行きました。

その日の晩、深夜1時くらいまで手紙を書きました。

レポート用紙に5枚。

そして3月に入った頃、父から突然呼び出しがありました。

家を出るのは3月24日。

あと少しで家を出るのに、まだ喧嘩を売ってくるのかと思い、行きたくなかったけどとりあえずリビングへ。

父「もうすぐで家を出るんだろ?」

僕「まだ何か文句あるのか?」

こっちはいつでも喧嘩してやる覚悟でいましたし、喧嘩腰で話していました。



つづく

次回最終回