PONTAkun’s blog

自分の生きてきた経験や思いを素直に書いてます

間合い

おはようございます!!


今回のテーマは「間合い」。





ここ最近の僕のブログって訳わかんなくないですか?(笑)


自分の思うことを素直に書くとこんなことばかり書いてるんだから、我ながら変わってるよなって思います。


まあ。今更何言ってんだよって思いますが。





ところで皆さんは「間合い」って言葉を日頃使いますか?


僕は間合いって言葉の意味は深く知らないんですが、ボクシングをやっているとよくこの言葉を使います。


「あの選手、間合いの取り方が上手いよな」


なんてことを言ったりするのですが、ボクシングにおいての間合いとは相手との距離感を意味します。


そして、もう少し掘り下げるとボクシングで相手との距離感が上手くとれることとは、自分のパンチが打ちやすい距離で相手には打ちにくい距離を意味します。


つまり自分が優位な距離を保つことが勝利に繋がるということです。


ボクシングは一見殴り合いに見えますが、実は間合いの取り合いのスポーツでもあります。


一昔前のボクシングはまだ闘争本能をブツけた殴り合いの部分もありましたが、ボクシング理論も時代と共に進化して、自分の距離間を保ちながら戦える選手が強い時代となりました。


裏を返せば自分の距離を保てると言うことは、相手の距離にさせていないということでもあります。


それがボクシングにおいての間合いの取り合いです。


試合中に両選手がパンチを出していなくて何もしていない場面に見えても、実は足を使って自分の距離の取り合っていることがあるのです。


強い選手は相手との間合いを常に保ったり、逆に相手の間合いにスッと入り込むのが上手いのです。


従って、近代ボクシングでは「距離を制する者が試合を制する」とも言われるくらいです。




前置きが長くなりましたが、今回はボクシングの話をしたい訳でなく、あくまで例え話としてさせていただいたのですが、日常生活においても間合いって存在しますよね。


そして、人によってそれぞれに本能的な自分の間合いを持っていると僕は思います。


例えば学校や会社などで、ややこしそうな人がいたとして、その人とどうしても関わらないといけないときもあると思います。


事情により、深く付き合いたくはないけど、全く付き合わない訳にもいかない状況。


そんなことって沢山あると思います。


僕もあります。


仕事をしていると、嫌な上司でも仕事を教えてもらわなければならないときや嫌いな同期の人でも協力しなければならないときは多々あります。


そういう難しい距離感の人間と付き合うのは本当に疲れますよね。


しかし、それはお互い様で向こうは向こうでそう思っていることでしょう。


たまに、周りに嫌われてる人間の懐にスッと飛び込める人がいますが、間合いを潰すのがほんとに上手いなって思います。


無理にズカズカ入れば嫌われるし、かと言って気を遣い過ぎても距離は近づかない。


そういう人は相手に意識させず懐に入り込むからすごいなと思います。


そして人が沢山いる中でも、自分が優位な立場で優位に物事を進めていく人もいますよね。


こればっかりは生まれ持ったものですかね。





苦手な人、嫌いな人には人間って本能的に距離を置こうとします。


これも近づかせないと言う間合いだと思います。


面白いもので片方が距離を置くと、もう片方にも距離感が伝わってお互い近づこうとしませんよね。


人との間合いって目に見える物理的な距離でなく、心で感じる魂の距離なのかなと思ったりします。


遠からず近からずなんてよく言いますが、実は社会においてこの距離感が一番安定しているのかなと思います。


確かに、遠過ぎれば人の良いところは見えにくいですが、近づきすぎると嫌な部分が多く見えたりします。


この距離感の取り方で相手の見方が変わってしまうと思うと、あまり近づき過ぎるのも考えものです。


実際に僕は過去に、人に馴れ馴れしくし過ぎて失敗したことがあります。


自分は良かれと思ってやったことが相手には近づき過ぎで、踏み込んではいけない領域まで土足で上がってしまったようなのです。


こう言ったことを何回かしてしまい、人と接するときは慎重にならなければいけないと過去の僕は学びました。


ただ今でも人との間合いはわかりません。


この人はいけると思って踏み込んだらシカトされたり、警戒してると感じて一定の距離を保とうとすると向こうからグイグイ来たりと、人って本当にわからん。


他人との距離感は本当に難しいです。






この地球上で間合いの達人は自然だと聞いたことがあります。


樹々は太陽との距離感が絶妙で、周りの草木と土を分け合い上手く共存するからだそうです。


確かに木と木が場所を取り合ったり、草と草が土を取り合ったりして、ケンカしているのは見たことがありません。


そこにあるのは共存という絶妙な距離感。





そこで思いました。


よし!!


明日から木になろう!!




違うか・・・