PONTAkun’s blog

自分の生きてきた経験や思いを素直に書いてます

言葉の力ともう一人の自分

おはようございます!!


「言葉の力」


ここ最近かなり重要視しています。


当たり前のことをかもしれませんが、言葉には大きな力がありますよね。


歌を聞いて力が湧いてきたり、辛いときにかけてもらった温かい言葉で新たな一歩を踏み出せたり、言葉には凄い力があると思います。


「言霊」なんて言ったりしますが、その人の発言がその人の人生そのものを作っていると言っても過言ではないのかもしれません。


ただ、言葉には怖さもあって凶器にもなります。


軽いつもりで言った言葉が相手を傷つけたり、自分が放った言葉に後悔することだってあるからです。



そして、僕がなぜ言葉の力に注目したのかと言うと、自分の発言があまりにもネガティブだと気付いたからです。


僕はいつも自分に対してこう言っていました。


「俺は出来ないやつだ」


「俺には何もない」


「俺なんて誰からも必要とされてない」


何をやっても大した結果の出ない自分にそんなことばっかり言っていました。


そして、その自分の言葉に「僕はダメなヤツなんだ」って本当に洗脳されていました。


何故そんなにネガティブになってしまったのか、それは先天的な性格や家庭環境が関係しているのかもしれません。


しかし、今そんなことを愚痴みたいに言っても現実は何一つとして変わりません。


大事なのは過去の自分でなくこれからの自分。



とは言え、過去の自分を否定している訳でもありません。


実際にこのネガティブな思いをバネに頑張れた自分もいたからです。


「人より出来ないんだったら人より努力して追い抜いて見返してやる!」って。


でもそれってよく考えれば少し後ろ向きなマインドだとも受け取れます。


何故なら「出来ない自分を見下したやつら見返して、今度は俺がお前らを見下してやる」っていう、憎しみの様な思いが入っていたからです。


頑張るのは結果を出すためか?


それとも憎しみを晴らすためなのか?


誰のために?


何のために?


恨んでるのは見下した連中なのか?


それとも出来ない自分なのか?


一つ言えることは人一倍頑張って、達成されなかったときの落胆や憎しみが自分自身にいつも向かってきてたということです。


「またお前は出来なかったな、ダメなヤツだ」


「お前の人生は何をやろうともう手詰まり」


「ずっとお前は何も出来ないまま死んでいくな」


そんな思いが自分の中を駆け巡ると決まって、心の中にいるもう一人の自分は「もうこの世から消えたい」とか「俺は生まれて恥を晒しに来たのか」、とネガティブ極まりない思考に取り憑かれていました。


これがなかなか抜け出せなくて辛いです。


しかし、ある日あることがきっかけで気付くことが出来ました。


「俺って自分で自分のことを出来ないって言って、自分の可能性を押さえつけてるだけなんじゃないか?本当は俺って凄いやつなんじゃないか」って。


心の中にいるもう一人の自分へかける言葉はネガティブな言葉でなく信じる言葉。


それこそが自分本来を出せる言葉。


「お前は出来る」


「だってお前は俺だから」


「俺は何があっても死ぬまでお前の味方」


あるときからそうやって深く思い続ける日々が続くことで、自分自身へかける言葉が徐々に変わっていきました。


「今日もお前が世界で一番の男だ」


「誰よりも俺はお前を愛している」


「だから大丈夫、そのままいこう」


「俺はこんな俺に会えて幸せだ」


「お前には俺がずっといる、怖くない」



人が聞けば笑われるだろうし気持ち悪いと思われるだろうけど、その言葉を自分にかけたある日、涙が出てきました。


僕は自分に散々ひどい言葉を吐いてきました。


自分で自分を辛い思いをさせてきました。


自分の才能や光を殺したのは実は周りでなく本当は自分自身。


それが分かったならもうやめよう。


自分は誰より自分を愛していいんだ。


人生ナルシストくらいが丁度いい。


誰に何と言われても自分の人生は自分が主人公なんだから。


以上(笑)