PONTAkun’s blog

自分の生きてきた経験や思いを素直に書いてます

傷ついた言葉

おはようございます!!


僕が住んでる大阪もようやく緊急事態宣言が解除されました。


まだまだ安心は出来ませんが、これで大阪の経済は少しずつ動き出してくれることでしょう。


僕も久しぶりにラーメン食べに行きたいです。


まだちょっと怖いけど。



で、前回に名言特集を書かせてもらったので今回は逆に僕がこの言葉を言われたら傷つく、もしくは過去に傷ついたという言葉について書きます。


ここに関しては最初の部分だけちょっと暗くなるかもです。


生きてくなかで嬉しい言葉をかけてもらうこともありますが、傷つく言葉を言われる回数の方が圧倒的に多いように感じます。


嬉しい言葉は今でも忘れられませんが、傷ついた言葉も同様に忘れられないもんですよね。


「過去をいつまでも引きずってはいけない」


頭ではそう分かっていても傷つけられた心というのは簡単に忘れられないものです。


そして、僕が言われると傷つく言葉っていうのは「何でこんなことも出来ないの?」、「常識で考えたら分かるでしょ?」みたいな感じの言葉です。


人として出来て当たり前、分かって当たり前、その普通のラインが自分には出来なかったり分からなかったりします。


僕は小さい頃から頭も悪く要領も良くないから、周りから「何でこんなことも出来ないの?」みたいなことを言われていました。


特に勉強に関しては親、塾の講師、友達から「え?こんなことも分からないの?」と言われ、それが分からない自分は普通の人間じゃないんだと強い劣等感を抱くようになりました。


結局その部分がトラウマになって、変に知ったかぶりをするという癖がついてしまいました。


「分かりません」と素直に言えばまた馬鹿にされるんじゃないかと怖くなったからです。


その劣等感やトラウマは心に深く入り込んでいて、今でも感じることがあります。


「誰でも出来る。」


「出来て当たり前。」


人からこの言葉を言われるたびに自分の能力の低さが怖くなり、中学や高校の頃はよく一人で泣いていました。


「普通のことが普通に出来ないのに何で生まれてしまったんだろう?」


そんなことをよく考えていましたし、大人になった今でも頭をよぎることはあります。


表面的にポジティブ思考になろうとしても、根っこの部分では未だに劣等感があります。


今でこそ何とか出来ることも増えましたし、多少の要領は身についたとは思います。


それでも大人になった今でさえ不安を感じます。


「誰でも出来る」


「常識で考えたら分かる」


その言葉を言われると今でも胸の中がグッと締め付けられるような感覚になります


それが自分に向けた言葉でなくてもです。


本当に聞きたくない言葉です。



だけど、今回は辛い過去を語りたい訳ではありません。


話はここから逸れちゃいますが、そうやって人よりもノロまで、周りから笑われて痛い思いをすることで、出来なくて辛い思いをしている人の気持ちが誰よりも分かるようになりました。


ときどき自分よりも不器用な人間を見ることもあります。


でも、そんな人を見ても自分は絶対笑わないし笑えません。


自分も全然出来ないから。


ただ、何かの物事が自分に出来た場合、出来ない人を見るとなぜ出来ないのか誰よりも分かるようになりました。


それは自分と同じ道を辿っているからです。


「あ、この部分でつまづいてる」


それがピンポイントで分かることがあるのです。


これは亀タイプの僕には見えるんですが、兎タイプの人間には見えないらしいです。


簡単に出来てしまったから悩むことがないし、そもそも出来ないことが自体が理解してもらえないからです。


だから、僕は自分よりも出来ない人がいれば極力は一緒にやってみるし、出来ない原因がひょっとする分かるかもしれないです。


真面目に頑張ってるけど出来ない人間を見て、僕が一緒にやることで伸ばせた経験は何度かあります。


だいたい仕事やボクシングが多いです。  


そういった人達から決まって言われる言葉はこれです。


「教えるの上手いですね!」


教えるのが上手いのでなく、同じ道を辿っただけであって、その道をほんの少しだけ前を歩いてただけ。


本当にただそれだけのことです。


自分以下の人間を見て優越感に浸るようでは下の下だと思うから、そういった真面目に頑張ってるけどなかなか出来ない人たちに「出来て当たり前」、「分かって当然」みたいな言葉を吐いてる人を見ると胸が痛くなります。


人間はみんな生まれながらにして平等ではないし、実際に能力の差はあります。


努力不足という一言で片づけられないこともあると思うんです。


足の速い人間もいれば遅い人間もいますし、理解の速い人間もいれば僕みたいに理解に時間のかかる人間がいます。


スタートラインはみんな違う。


だからこそ普通というラインは本人の持っている主観に過ぎないと思うのです。


この間、長男(5歳)が次男(3歳)に足し算を出来ないことを小馬鹿するように言っていました。


年齢的に考えて次男が出来ないのは仕方ないのことです。


そこで僕は怒りました。 


「自分より出来ない子がいたら馬鹿にするんじゃなくて一緒に考えてやれよ!自分より出来ない子を見て笑ってるようじゃ絶対すごい人間になんてなれないんだからな!」


こんなことを五歳児へ真剣に言ったところでどれだけ伝わったのかは分かりません。


ただ、長男には嫌な人間になって欲しくないんです。


出来ない僕を見て笑った人間のようにはなって欲しくないんです。


だから大人気なくも五歳児に真剣な言葉をかけてしまいました。


これは単なる親バカですが、長男は僕に似てなくて理解の速い人間だと感じています。


教えたことを割とサクサクと覚えてはこなしていきます。


ただ、欠点としては怠け癖があることです。


自分に出来ると分かったらすぐフラフラして、まるで集中力がないんですよね(笑)


幼少期の僕は何事も時間をかけやっていたし、それでも周りよりも遅い子でした。


現時点だけを見れば僕と長男は真逆です。


だけど、長男に怠け癖はあってもいいです。


ただ、自分より出来ない人間を見下すような人間にさえならなければ僕としてはそれでいいと思います。


まあ親としての欲を言えば、自分が出来る様になったなら自分より出来ない人間に力を貸せるようになってくれたらな、と思います。


親の思う通りには育たないだろうけど、自分の思いが少しでも長男に伝わってくれたら嬉しいですね。